「とあるコピーライターの物語」

今日の内容はコピーでもなく、マーケティング・アイデアでもありません。とある一人の、巨匠コピーライターが書いた、自身の物語です。
「なぜコピーライターになったのか」ということが書かれています。短編小説のようで、ほんとうにあった物語。すこし長い(たぶん5分くらいかかる)けど、一文一文よくできていて、リズムがよく、さらっと読めると思います。文章の勉強になる、「人の人生はドラマなんだ」って感じる、温かい語り口です。
お時間があるときに、ぜひ読んでみてください。

「とあるコピーライターの物語」

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どうしようもない暗闇の中で、
点にも満たない「灯り」を見つけ、導かれながら、
やがて、暗闇から「光」にあふれた世界に出る。

その光は、僕にとって、コピーライターという職業であった。
そして、その灯りについて。
話しておかなければいけないと思う。

それは、ある人との「約束」から始まっていた。

大学2年のことになる。
もう、30年以上も前の話。
ある女性と知り合った。
同じ学年で、N女子大に通っていた。

友達の紹介で初めて会った日、
彼女の印象は、とても白かった。
顔は透き通るようだったし、
確か、白いブラウスを着ていたようにも思う。
春の日射しの中で、それは、とてもまぶしかった。
混じりけのないピュアな印象、
すくっとたっている強さと可憐さ、
ハーフのような容貌。
そんなことが、一瞬に僕に押し寄せ、
立ち止まらせ、端麗な「白」のイメージになったのかもしれない。

ほとんど何も話せず、帰り際の
渋谷駅の山手線の改札口で、
「また、会ってくれますか」、と聞くと、
意外な素直さで、赤く整った口びるから、
「ええ」と言葉がこぼれた。
人ごみが溢れ出す夕暮れ時の改札で、
僕と彼女は、初めての約束をしたのだった。

季節は、初夏に近づいていた。
こんど、神宮での六大学野球に誘ってみようと思った。
地方出身の彼女は、大学の近くの寮に入っていた。
(その大学は、目白にあった)
今では考えらないことかもしれないが、
その寮には、電話は2つしかなく、
僕が彼女の名前を告げると、
寮の人が、「ちょっと待って下さい」と言って、彼女を呼んでくるのだった。
連絡手段は、ただ、それだけ。
それだけだった。
その電話が、ふたりの気持ちを必死につなぐ、ただひとつの「希望と未来」だった。

初めて電話した日、彼女はいた。
土曜の朝8時ころだったと思う。
電話まで、小走りで来たのかもしれない、
少し、息が弾んでいた。
きょう、スケジュールが何もなければ、神宮に野球を見に行かないか、ということを
緊張でがんじがらめになりながら、
やっと、伝えた。
電話の向こうから、「はい」と返って来たが、その声もやっとのことで発せられたようだった。
僕が、続けて何かを話そうとしたら、
「電話は手短にっていわれているんです。みんな、の電話なんです」
と遮られた。
待ち合わせの場所をそそくさと告げ終わると、
「ごめんなさい、話をさえぎっちゃって。会えば、きっと、たくさん話せます」。
その声は、押し殺したように静かだったが、喜びに弾んでいるように思われた。

空には、もう夏っぽい雲が浮かんでいた。
素晴らしい青空と、だだっぴろい緑のグランドが、ふたりの目の前にあった。
客もまばらで、スタンドにふたりですわっていると
そんな広がる風景のなかで、ぽつんとふたりだけ、
切り離されたような気がするのだった。
そのふたりだけの孤独は、ふたりの距離をぐっと縮めてくれた。
時々、ぽつっと話をかわしながら、僕らは、一球一球に視線を動かし、
ひいきの大学の選手が、ヒットを打つと、立ち上がって、拍手をした。
汗ばみながら、彼女からいい匂いがして、爽やかな風が通り過ぎると、
長い髪が僕の肩まで届いた。
そして、彼女は僕のいちばん大事な人になった。

いつも、渋谷で、会った。
センター街で食事をし、道玄坂で映画を見、手をつなぎながら代々木公園まで歩いた。
映画館の暗がりの中でも、
彼女の顔は白く、笑うとキラキラと夢のように輝いた。
6月の日射しを浴びて、待ち合わせ場所へ駈けてくる姿は、切ないほど美しかった。
お好み焼き屋に行くと、煙をもうもうと浴びながら、
きっとアナタは何もできないから、ワタシがやるっと、言って一生懸命、コテを動かしていた。
パルコの1階で、学生には高すぎるコーヒー一杯を飲みながら、
いつまでも、飽きることなく話し続け、お互いの目を見つめあった。

門限10時の彼女を送るために、9時ちょっと過ぎの駅で
さよならを告げると、やがて、彼女は、離れたくないと泣くようになった。
もちろん、人目につかないように、ひっそりと。

あるときから、気がつき始めていたのだが、
彼女は、「何か」を隠していた。
1学期が終わりに近づく、7月に入ってすぐの
デートの日に、喫茶店で押し黙り、数時間のあいだ、
とうとう一言もしゃべらなかった。
下をうつむいたまま、じっとカラダをこわばらせながら。
ただの一言も!

何が起こっているのだろうか。

そして、2週間くらい、連絡がとれない日が続いた。
僕は、彼女がじぶんのことを突然、嫌いになったのか、
いや、そんなはずはないとふさぎこみ、
他に好きな人がいたんじゃないか、と
疑心暗鬼になり、
心は、くだけそうになった。

ついに、それが分かる日がきた。
彼女が、打ち明けた。

大学が終わって、8月のはじめころから、イギリスへ留学することになっている。
期間は1年半くらいになる。
かろうじて、そう言った。

僕は、ただ呆然としてしまって、今まで、1週間に、2度3度、会っていた彼女と、
1年半も会えない、その感覚がつかめなかった。
どこか知らない空間に放り出されてしまって、恐怖にも似た混沌が押し寄せ、
何もつかめないのだった。
彼女を愛する気持ちがどこへ行くのか、
愛する気持ちをどこへ持って行っていけばいいのか。

やめることはできないのか、と僕は言った。
払ってしまった留学費は、僕がアルバイトして払うと、言った。
だから、お願いだから、僕の近くにいて。
僕の近くに、いつまでも、いつまでも。

しばらく、会えなかったのは、故郷に帰って、親を説得していたからです。
だめでした。おまえが、小さい時から、イギリスへ留学したい夢を持っていたから、
お父さんもがんばれたんだ、お母さんだってきっとそうだ、今、それをやめるなんて、
絶対に、ありえない。いったい、どういうことなのか!!
と言われました。もう行くしかないんです。

そのことが分かっていて、僕とつきあったのか、と僕は言った。
ええ、そうです。こんなに好きになるなんてわからなかったから・・・
と彼女は肩をふるわせながら答えた。

留学へ出発する日は、一週間後にせまっていた。
一度、故郷へ戻っていた彼女はまた東京にいて、会うことにしていた。
久しぶりだった。
当時、長期留学するというのは、難事業で、大変なことだった。
通信手段も、移動手段も、大学の送り出し・受け入れ体制も、かぼそいものだった。
特に、遠距離のふたりをつなぐのは、膨大にお金がかかる国際電話か、
出して10日後にかろうじて届く手紙しかなかったのだ。

「忙しいの?」
「ええ、準備がいろいろあって・・・」
「楽しみ?」
「いまでも、行きたくないです・・・」
会話は、始めはとぎれとぎれだったけれど、やがて、ふたりは恋人に戻っていった。
時計を見ると、もう9時を回ろうとしていた。
「そろそろ、門限だね」
「きょうは、いいんです。最後になるかもしれないから」
僕は、怒るように言った。
「最後になんかならないよ。キミが帰ってくるまで待っている。約束する」
「ええ、待っていて下さい。ホントに待てるのなら待ってて下さい」
「手紙を出すよ」
「ええ、手紙をください。淋しくて死ぬかもしれないから」

その夜、僕は渋谷から目白まで、彼女をタクシーで送った。
通り過ぎる街の灯りが、彼女の顔に映り、
いつにもまして、永遠のように美しかった。
ふたりは、ほとんど話さなかったと思う。
やがて、タクシーは、寮の前に着き、
降りる前に、手をつなぎあい、見つめあった。
「元気でいてください」
「キミも、元気で」
寮の門から玄関まで、かなり長い暗い道があって、
僕はタクシーの中から彼女の後ろ姿を見ていた。
一度だけ、振り向いて、手を振った。
それは、ほとんど玄関に近い場所で、
入り口の照明で彼女は、ふわっと小さなシルエットになって、やがて消えていった。

僕は、すぐに手紙を書いた。
彼女がまだ、東京にいる間に読んでもらえるようにと、
僕の思い、彼女への激励、これからのふたりのことをいっぱいにつめこんで、
心のありったけを書いて、投函した。

彼女からの返信は、3週間後くらいに届いた。
ロンドンからだった。
「やっと、引っ越しが終わり、大学へも通い始めています」
そんな近況の後、こう書かれてあった。

・・・・手紙は、ちょうどワタシが旅行鞄を持って、寮を出るときに、届きました。
直感でわかりました、アナタからの手紙だということが。
ああ、間に合ったんだなって。奇跡だなって。すごいタイミングだなって。
・・・・・・・
そのままポケットに入れて、持ってゆきました。空港で読もうと思ったんですけど、
読んだらもう日本から出たくなくなったら困ると思って。
飛行機が北極圏を飛んでいるころに、封を開けました。
太陽の光がキラキラと輝いていて、白い広大な氷の世界があって、
そんな地球のパノラマの中で読みました。
もう、涙がとまらなくなってしまって・・・
こんなに激しく泣いてしまうなんて、初めてだと思いました。
あまり長時間泣いていたからでしょう。
スチュワーデスさんが、なにか、ございましたか、と声をかけてくれました。
「一番好きな人の手紙を読んでました」というと、
「いつまでも大切にしてくださいね」と答えてくれました。
・・・・・・・
いつかデートしたときに、文章を書く人生を送りたいとおっしゃっていましたよね。
ぜひ、やってください。そして、人の心を幸せにして下さい。
その記念すべき第一号が、この手紙で、一番初めの読者がワタシ。
ということでいいですよね。
約束してください。文章を書く人になること。
・・・・・・・・・
そして、次のお手紙待っています。淋しくて夜がつらいとき、アナタの手紙を読みながら
アナタがそばにいると感じて、過ごしたいと思います。
SEE YOU AGAIN
・・・・

その約束を、僕は果たした。
広告会社に入り、コピーライターになった。
自然にそうなったのではなく、
自ら考え、動き、そうなった。
そして、たくさんの言葉を書き、社会に出し続けて来た。
コピーライターとしては、超一流ではなかったが、
本のコラムなど、自分の言葉をずいぶんと書かせてもらい、読者も得てきた。
「約束」が果たせた人生だったことに、今は、誇りを感じている。

会社に入り、7、8年してから、
フランス・ロケがあり、飛行機に乗った。
当時は、まだソ連は西側諸国とは国交がなく、
ヨーロッパ便の多くは、ソ連領土内を通過できず、
北極圏上空を飛ぶのだった。
一眠りしたあと、窓側のシェードをあけると、いきなり光の豊饒が流れ込んで来た。
そして、地上には、果てしのない目に痛いほどの白い氷の世界があった。

そのとき、脳に射込むように、彼女のことが思い出された。
今、いるこの地球上の同じ場所で、
彼女は、僕の手紙を読んだのだ。
あのとき、ふたりのあいだをつないでいた、言葉の数々を。
僕は、彼女の顔を思い出した。
笑っていた。すねていた。歌っていた。夢見ていた。そして、泣いていた。
どれもこれも、輝いて輝いて、きのうのことのように思い出された。
文章を書く商売をやってるよ!ありがとう!と窓の外に叫びたかった。

そして、いつまでもキミを待っているという、
もうひとつの「約束」を果たせなかったことが、
僕の胸を激しい痛恨ととなって突きあげて、僕は泣いた。

30年以上経った今でも、
タクシーで送っていった夜、寮の門から玄関までを歩いてゆく彼女の後ろ姿を忘れることができない。
そして、今思う。
あのとき、「最後の夜」と言った彼女には、すべてがわかっていたのではないか。
愛し合っていたふたりの行く先と、
僕がやがて物書きになることさえも。
5月に会って、8月にもう会えなくなった、
たった、ひと夏の人が、僕の人生を大きく変えたことの不思議さをつくづくと思う。

「その記念すべき第一号が、この手紙で、一番初めの読者がワタシ。」
確かに、そうだったのだ。

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Selected by Copywriter.M

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